ライチョウで飯が食えるか

同窓会にて。

「今何やってんの?」
「経理だよ」
「すごーい、どこで経理の勉強したの???」
「……」
どうも、世の中、自分の学んだことしか職業にしちゃいかんような呪縛に囚われている人がいるようですが、そんなことはありません。
ちなみに経理も生態学も私にとっては大差ないことです。

修士1年の秋。
就職しよう、と思いました。

大学4年生から2年間ライチョウを追いかけ続けた私の心になぜそういうココロが芽生えたのでしょう。
大学の研究室に出入りしていて、研究職で身を立てるのは大変そうだとわかったこと。
それから、山小屋で、皿洗いや床磨きを一生懸命やって、「働く」ということがどういうことなのかが少しわかり始めたこと。
山の中で過ごして、当時ひん曲がっていた心根が、素直になったこと。
そして、なんだか、社会に出ても大丈夫なんじゃないか、と妙な自信がついたこと。

「アナタは絶対研究者向き。公務員や会社員には向いていない」と周りから言われていたけれども、そうだろうか? 周りがそう言っていたからそんな気がしていただけで、本当のところは社会に出てひと暴れするのが今生のお仕事なんじゃないのか?

そんなこんなで、ゼミのスキマを縫うように就職活動を開始。
後輩の卒論を見ながら面接を受け続け、納得のいく就職先に出会えました。

後々、人事の偉い人に「なんで採ってくれたんです?」と尋ねたところ「山小屋に入って何カ月も調査に出てたってとこだよねー」だそうで。
どこに放り込んでも(例えば僻地の古い事業所)生き残りそうだということで。
実際、その後、各地を転々としながら、ちょいとハードめの育てられ方(詳細省略)をして、今の今まで元気に生きてます。さらにしぶとく、図太くなってます。

先生からは「君はずっとライチョウの研究をしてくれるものだとばかり思っていた」と言われました。
すいません。私はみんなが思っているほど、研究職には向いていないんです。 どちらかと言えば、人を引っ張るよりも押し上げるのが得意なのです。

一方で、ライチョウの事はライフワークとして、サイドストーリーとして、老後の楽しみとして続けていければ良いのかなと思っています。
ライチョウの研究でご飯は食べられないから、他で飯のタネを見つけて、余った時間とお金をライチョウにつぎ込んだらよろしいのです。

ただ私が老後を迎える前にライチョウが滅ぶと、私の老後計画が破綻するので、それは食い止めたいところです。

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