2022年こそ活動できるか

ドイツの葉書なんだそうで

 びっくりするぐらい何も更新していませんでしたが、あっという間に年の瀬です。更新していないのは活動が滞っているからです。

 実に2年にわたるCOVID-19のせいもあります。私がもし(一般人の立場として)ここに北アルプスに行ってきましたと書いたら、県境またいで移動するなとお𠮟りを受けそうですし、実際問題、それで山小屋でクラスターなんか発生させた日にはということもあります。(この2年間、感染に気を使いながら登山された方々をなんら非難するものではありません。単に私がリスクの高い地域にいるからです)

 また、自身の仕事が忙しくてそれどころではなかったというのもあります。

 2021年の自分自身の仕事で一件、温室効果ガス(GHG・・・Greenhouse Gas)に関わる仕事が舞い込んできました。温暖化温暖化言っていたのが、なぜかGHGという言葉にすり替わったのは、温暖化というと「自然保護団体!」というイメージだったのが、GHGというとなんだかとってもビジネス用語に聞こえるからでしょうか。

 2021年は温暖化の問題が企業ビジネスに本格的に食い込んできた年でした。ノーベル物理学賞にもアメリカの真鍋さんが選ばれたのも象徴的です。

 多くの人がもうGHGの問題と無関係ではいられなくなってきたという強烈なメッセージが、各国から、科学者から出されています。企業の側も、プラスチックを木材、紙に置き換えたり、石炭を使わないように努力したりと懸命さがうかがえます。安く、大量にという生産を考え直して、より環境負荷の低い製品が出てくれば、消費者としての私たちもエシカルに行動することができるようになっていきます。

 2022年にはさらにこの流れは強くなっていくでしょう。

 ということで、来年こそCOVID-19がおさまって、仕事も落ち着いて、山に登って山から自然を考えられたらと思います。

2021年12月31日 | カテゴリー : エコライフ | 投稿者 : 黒五

いとしのMr.Blue

 とはいえ。

「お前等じゃあ何ができんだよ」という意見もごもっともなのです。

 一つ答えられるとするならば、小池都知事がおっしゃったように「お願いをさせていただく」ぐらいでしょうか。

 何を、と言えばできるだけ地球温暖化にブレーキをかけるような生活を心がけるです。

 今回のCOVID-19の問題でわかったことは、日本人(日本国内に住んでいる人という意味で、人種は問いません)はやはりよく言えば協調性のある国民性、悪く言えば同調圧力の強い国民性だと思います。

 悪い方向へこの特徴が出ると、自粛警察だとかいじめの問題が出てくる。良い方向に出てくれば、災害をなんとか乗り切ることができる。

 が、なぜか、環境問題に関して言えば、この性質が少しなりを潜めます。主張は様々ですが、たとえば「経済と科学技術の発展が最優先」とおっしゃる方もいます。

 それは私もそうであってほしいと願いつつも、「でも、私たちはこの複雑怪奇な地球環境というモノに生かされているのだから、それを大事にする気持ちを持つと、もっと幸せに暮らせるんじゃないでしょうか?」と言葉を添えるのです。何を優先するかはその人の自由ですが、ベースには地球があるのです。

 もう一つには、私たちが生活インフラが必要なようにライチョウにもインフラが必要です。ここに着目してはいかがでしょうと提案できます。

 環境省の方々はシカの問題やクマの問題について、人と獣の間に立って、妥協点を探る努力をずっと続けてこられました。しかしライチョウに関しては人との対立がないので、増やすことしか考えられなくなってしまっているように思います。

 下界で繁殖させようが現地飼育しようが、ライチョウが帰るべき自然のインフラ整備は必要です。

 高山の登山道を雨の日に歩いたことはあるでしょうか。まるで川の中を歩くようです。登山道が水の通り道となって、高山植物の土台になる土壌を浸食しています。ライチョウの採食植物、営巣環境も(全部とは言いませんが)登山道の浸食で失われているかもしれません。私が研究していた上ノ岳もずいぶん登山道の浸食が進み、まるで滝のようになっている。ずっと昔に作られた木の堰堤も為すすべがないようです。

 私たちはライチョウに必要な環境とは何か、ずっと調べ続けています。それによって、登山道はどこを通すのが良いのか、どう整備すべきか、明確に検討できるでしょう。ライチョウの為にインフラ整備する事が、国民のために豊かな自然を残すことになるのです。

アダムとイブ

 中央アルプスでライチョウが見つかったり、白山でライチョウが見つかったりしている…というのはなかなか興味深いのですが、彼らの個体群がもしも存続しているとしたら、あれらの山域の私たちに見えていないどこかに、少なくとも成熟した雄雌が何十羽もいるのではないかという話になります。

 でなければ、誰かがこっそり移送しているかです(かなり手間ですが)。

 確かに鳥は長生きです。オカメインコも環境さえよければ20年生きます。野生生物の寿命を調べるのは困難ですが、しかし、木曽駒ヶ岳で発見された個体が何十年も生きているということは考えづらいです。

 見かけなくなったということは、それなりに数が減っているのではないか。ということは、健康で長く生きられる環境ではないだろうということです。

 仮にもし見つかった個体が1羽で、それが最後の1羽だったら、地域絶滅を免れていたと言えるでしょうか?

 日本のトキの最後の一羽のことを思い出してみてください。あの時、議論になったように、つがいが居なければ種として存続できないのでアウトです。

 では、雄雌の二羽がいれば復活できるのか? アダムとイブとして、子孫を残し、その後繁栄していくでしょうか?

 もう一度、トキの話を思い出してみると、日本のトキが絶滅したのは、日本の水田環境に依存的だったためでした。水生生物や虫の少ない効率的な稲作を行ったから減ったとするなら、トキの復活と旧来の稲作とワンセットで行って、初めて「再導入」に至ったのです。

 ライチョウで同じことはできません。ライチョウが依って立つのはライチョウとともに日本に取り残された周北極地域の自然だからです。これは、私たちが作ったものではありませんが、私たちの活動が影響を及ぼした可能性はあります。ライチョウ保護とは日本の高山生態系保護そのもののことです。

 中央アルプスに、他の山岳から有精卵を持ち込んだとして、それが孵化して定着しても、増えることはないでしょう。数が増えても、それを養える環境がなければまた減るのです。単に元の山岳のライチョウ個体群と中央アルプスの環境にダメージを与えているだけです。

 環境省もこの不合理をわかっていると思うのです。しかし、何かやらなければならないから、仕方なしにやっている。だとすれば、山を守る人たちは、そろそろこのことを怒らなければいけないと思うのです。

登山も自粛

名札付け以外で裁縫したのは何十年振りでしょう(マスク製作)。

私の場合はリモートワークで対応可能な職種ですが、製造、社会インフラ(電気ガス水道鉄道バス)、小売業、理美容等々、職場に行かないわけにはいかない皆さん、多くの人と接触せざるを得ない皆さん、そして多くの医療関係者の皆さんには感謝の念が絶えません。

この人たちをウイルス感染から守るためには、それが可能な人たちは「家にいてください」という他ないのです。もう、とにかく、軽い運動以外で出歩くんじゃありません。


春になれば、登山して、このブログで書くネタも写真もたくさん出てくるわーとのんびり構えていたら、このような事態になってしまいました。

登山は感染しないからいいんじゃないの、 って?

私がもしウイルスに感染していて、それと気づかず長野や富山に行ったとして、道中どれだけの場所に立ち寄るでしょう。サービスエリア、道の駅、日帰り温泉、そういうところでクラスターが発生したという報告はありませんが、しかし、そういう例が無いわけではないでしょう。

本当に、そういう、わずかな接触からも全国に拡散していくのです。

とにかく、家にいること。今はそれが大事です。山は逃げないし、花はまた咲くでしょう。しばらくの間、登山んは自粛です。

資源と日本人

梅は咲いたか桜はまだか

トイレットペーパーの原料が何かも知らずに買い溜めに走る日本人のなんと多いことか。(国内古紙、または豪州の人工林から出る端材)

震災、台風、コロナと続いて、日本人買い溜め好きですね! とはいえこれも野性、本能なのかも知れません。

ライチョウの雄が他の雄をつつきだして、縄張りを確保しようとする姿も、マスクを手に入れようとする日本人の姿も同じ事。

「他の誰を押し退けてでもアタイは生き残るの」

ウイルスや菌の行動原理と同じです。

でも、野生生物だって分け合うこともあるんですよ。

ある時、巣を飛び立った雌ライチョウを追いかけていったら、そこには雌が二羽居て必死にガンコウランをついばんでいました。縄張りが、重複したんですかね。雄もつつき出したりはしないようでした(抱卵期になると縄張り防衛もさぼりがちになるせいかもしれません)。

狭い日本、少ない資源を分け合って生きてきた私たちです。分け合いましょう?

ダボス会議

お気づきかどうかわかりませんが、冬場というのは山に行かないのでネタがないのです。ないのでそんなに更新することもありませんが、ダボス会議が始まりましたね。

グレタ氏vsトランプ大統領という構図が、若者vs老人に見えてしまった中年(?)の私です。
グレタ氏を批判する人達はなんとなく会社のエラい人たちに似てるなぁ、会社辞めてく若い子達と断絶してるなぁと。

グレタ氏を批判する人達の立場もわからないでもないのです。

しかし、環境保全の原則的な考え方は「予防」にあり、「疑わしいなら対策を」です。グレタ氏の考え方は、子々孫々のことを考えてエシカル(倫理的に正しいと思う消費)に考えて行動する人達がいて、それに応えたい企業も団体もたくさんあるのに、各国の行政はもっとそれを後押ししなきゃいけないのでは? ということではないかなと思っています。
それを、批判する人達の論理が「おまえはまだ若いから」「おまえもえらくなったらわかる」と説教するえらい人(?)達に重なります。

仮に温暖化の原因が人類でなかったとして? だとしてもやらなければいけないのです。90%そうだと科学者達が言っている。残りの10%の可能性に現世の生物の命運をかけますか。

日本人は、お上の言うこと信じて、わーっと盛り上がってわーっと一方向に進んでいって、アカンようになったり(戦争)、うまくいったり(高度成長)、また落ち込んだり(バブル)。最近では、あっという間にキャッシュレス決済が浸透しました。たった一年です。だからグレタ氏の言うように行政が動けば案外日本人は速やかに低炭素な生活に移行できる気がしますが。

「お上が言ったから」ではなくて、「私個人としてエシカルに考えて」行動したいなというのが私の考えです。

一人一人、できることは違います。家庭環境、仕事、経済状況、思想、自然観、宗教観、年齢…様々なバックグラウンドを持つ私たちが少しずつ、できることからエシカルに行動することが、大切なんだと考えています。

コンビニで、プラスチックバッグを断るのはおばあちゃんやおじいちゃんと聞きました。孫や曾孫の為にと、できることをやってくれているのかな、と想像しています。

温暖化で北アルプス豪雪

地球温暖化が進行すると、今世紀末には北陸地方の豪雪頻度が高くなるというシミュレーション結果が東北大学、気象庁気象研究所、海洋研究開発機構、名古屋大学のチームによって示されました。
簡単に言えば、①温暖化によって日本海の冬季の空中への水蒸気供給量が増える②山岳地帯の上空では温暖化が進行しても0℃以上となるわけではない ということで、雪が増えるという仮説がシミュレーションによって補強されたということです(多分、もっと複雑な話ですが)。

「温暖化は証明されていない」とか言う言説も見られます。未来を予知するのには膨大な知見の収集と多くのシミュレーションが必要であるし、当然幾通りもの未来が見えます。
その不確かさを考えたとしても尚、現在の温暖化は人類のせいであるというのが「今のところ」多くの科学者が出した結論です。そして、人は地球上の生物、環境から多くの恩恵を受けており、これを人間が変えてしまうことは私たち自身の種の存続が危うくなるから今、行動を起こしましょうという提起がなされています。
もし、今まで通りの自然環境の恩恵を受け続けたいなら、私たちが生き方(ライフスタイル)を変えなければいけませんよ、というのがCOPで議論されている事なのです。証明されたときには手遅れだよ、だから先手を打つんだよ、と。

この「生き方を変える」というのが厄介です。
大西洋をヨットで渡るとか、家の中全部太陽光発電で賄うとか、だいぶディープな活動家の皆さんが叩かれがちなのは、「みんなにそれをやれっていうのか!」「非現実的だ!」という素朴な反発心の表れとともに、私たちは根源的に自分のライフスタイルを変えたくはないし、他人にとやかく言われたくない生き物であるということです。
部屋を片付けなさいと言われて息子が片付けないのと同じです。ちょっと違うか。

もちろん、人間以外の動物だってそうです

ライチョウもライフスタイルを変えて進化することは無理なので、今こんなことになっているのです。

温暖化によって、高山の雪が増えるか減るかしてもライチョウのライフスタイルは変わりません。もちろんライチョウが採食している植物のライフスタイルも変わりません。しかもライチョウも高山の植物も寒冷地の物なので、山の下方向への逃げ場はありません。だから環境が変わっても、変われない彼らは行き場を失います。

雪が増えたとしたら何が起きるのか、それとも起きないのか。

いくつか考えるべきことがあります。
・積雪期の積雪深
・融雪期の融雪速度
多く積もって一気に溶けるパターン、多くなるから数十年前のように溶けるのに時間がかかり8月まで雪田が多く残るパターン。この二通りのどちらかに寄っていく(と仮定する)。そうすると、
・植物が露出する時期
が変化します。前者なら大きなお花畑が一気に出現するようになり、後者ならお花畑が融雪線に沿って進行していきます。
恐らく、ライチョウの雛の採食物を考えた時に都合がいいのは後者です。

じゃあ、どっちのパターンなんだということですが、はっきりとは言えません。データが無いのです。
ですが、100年前よりライチョウが減っているとしたら、たぶん前者なのです。高山の積雪深を計るのは容易ではないのですが、今回の発表からすれば100年前より積雪量は増えているのでしょう。けれども雪が溶けるのも早い。そうなってしまったのではないでしょうか。

ライチョウも植物もライフスタイルを変えることはできません。
けれども人間はライフスタイルを変えてきました。変えた結果、幅を利かせるようになってしまいました。けれども、良い方向に変えることもできるのです。
ほんの少し、誰かの為に、できることから、行動を変えてみませんか?

「せいめいのれきし」

誰か教えて 僕たちは今
ほんとうに進化をしただろうか
この進化樹の最初の粒と
僕はたじろがずに向き合えるのか
―中島みゆき「進化樹」より

カンブリア紀、オルドビス紀、シルル紀、ペルム紀…という古生代の時代区分。みんな知ってるもんだと思ってたら周りの誰も知らなくて。なんでやろと思ってたら、たまたま某無印な雑貨店で再会したのがこの絵本です(なんで無印にあったのかはよくわかりませんが)。

「せいめいのれきし」こいつが私に地学生物を叩き込んだのです。
しかも、改訂版が出てるじゃないですか。

生物や地学は学説がめまぐるしく変化している分野です。私が幼い頃、中生代の大量絶滅は、火山説、ウイルス説、隕石説などがありましたが、現在はユカタン半島に落ちた隕石説に落ち着きました。最近は冥王星が惑星から外されたなんてこともありましたね。二畳紀がペルム紀に変更になったなんて知りませんでした。

この本の初版が1964年。東京オリンピックの年なのです。
それから私たちはどれだけの科学的知見を積み重ねてきたでしょう。

幼い頃は、石炭紀の鱗木の森の水辺で遊びたいなぁとか妄想していただけですが、おじさんになってからこの本に触れると、また別の感触があります。経理をやっているので、大きな数字を易々と読めることも関係しているかもしれません。
この絵本のページが語る年代を、ちょっと書き出してみました。
1場ごとに年代が進んでいきます。

4,600,000,000年前
4,560,000,000年前
4,000,000,000年前
2,500,000,000年前
541,000,000年前 カンブリア紀
485,000,000年前 オルドビス紀
443,000,000年前 シルル紀
419,000,000年前 デボン紀
359,000,000年前 石炭紀
299,000,000年前 ペルム紀
252,000,000年前 三畳紀
200,000,000年前 ジュラ紀
145,000,000 年前 白亜紀
66,000,000年前 古第三紀 暁新世 始新世
34,000,000年前 古第三紀 漸新世
23,000,000年前 新第三紀 中新世
5,300,000年前 新第三紀 鮮新世
2,600,000年前 第四紀 更新世
11,000年前 第四期 完新世
400年前
200年前
100年前
25年前
1年前
半年前
1月前
昨日
昨夜
今朝

現在に近づくに連れて、列車が駅に着くかのように減速していきます。
幼い頃にはなんで恐竜の話から、庭の話に? と不思議でしたが、わずかな時間(37年程度)をこの世で過ごした今ならわかる気がします。
これによって、この長い「せいめいのれきし」が、私の手元に迫ってくる、そういう効果があるのです。

ライチョウさんたちは白亜紀には登場していた先輩たちで(少なくともライチョウさんの祖先はいたはずです)、大量絶滅を乗り切って、今私たちと暮らしています。
ヒト属が現れたのは更新世の頃です。極言すれば、鳥類だけでなく、昆虫、爬虫類、頭足類など、地球の大先輩は沢山いるのです。
彼らはかつての地球の気候で繁栄し、現在は’なり’を潜めているにすぎません。
私たちもいずれはそうなるでしょうか。

46億年の歴史を背負って、いま生きている生物たちは進化系統樹の先端にいるのです。それをヒトの勝手でボキボキと手折ってよいものでしょうか。
みんな一緒に進化してきたはずです。食う食われるという関係を持つことで、地震、噴火、隕石、気候変動を乗り切り、かいくぐってきた仲間です。
今のペースで温室効果ガスを出し続ければ、あと数十年で46億年を台無しにしてしまうかもしれません。

たくさんの科学者が警鐘を鳴らしています。
もっと、耳を傾けてもよいと思います。具体的にアクションを起こすのは少数の科学者ではなく、大勢の私たちです。

2019年11月3日 | カテゴリー : エコライフ | 投稿者 : 黒五

続 脱プラスチック

たまたまコンビニ店員の知人が居たので、コンビニでのマイバッグ利用について意見を求めましたところ。
「こっちが袋に手を伸ばす前に言ってくれるといいわね」だそうで。

なるほど。

ベストは、最初に「この袋に入れてください」かもしれません。
「フクロイラナイデス」だと、商品がカウンターの上にごろごろしてしまいます。

ついでに「マイバッグ使う人いる?」と訊いたところ、
おじいちゃんおばあちゃんが使う、そうです。

なるほど。

ライフスタイルとして、それが当たり前な世代なのか、はたまた孫たちの為にと思っているのかは直接訊いてみないことにはわかりませんが。
主婦層はどうなのかと思いましたが、主婦はコンビニに行かないんでしょうかね。

では、己の未来がかかっている若者はというと。マイバッグを使う若者。
あんまり見ないかもしれません。
マイバッグを使うサラリーマン。見ませんねぇ…

ただ、既に持っているプラスチックバッグに「ここに入れて」という人や、使用済みのプラスチックバッグを使う人は老若男女問わず見かけます。ちょっとずつ、みんなでやっていけたらいいですね。

脱プラスチックの実践

日曜の夕方に某国営放送を見ていて知った事。インドは州によってはプラスチック禁止。

なんでも、高さ60m以上のゴミの山がニューデリーにあるんだとか。ちょっとでも減らすには、禁止したほうが早いと考えたのでしょう。

プラスチックは自治体によっては燃えるごみとして扱っています。私の住んでいる自治体は、プラマークが付いているものについては、汚れを落としてプラスチックごみとして出すことになっています。油がべったりとついているようなものは、燃えるゴミへ。食品トレーなどは皿洗いと同時に洗って乾かしてから出しています。で、プラゴミのボリュームの多いこと多いこと…燃えるゴミなんて生ごみと紙ごみぐらいしかないですね。

できれば、プラスチックを使わないように行動しようとするなら…ペットボトル飲料よりも缶、ビン飲料を選択する、買い物袋を使う、プラトレーに乗っている総菜を買わない、等、色々あるわけですが。
できることからコツコツと、ということで良いのだと思います。

しかし。スーパー以外のお店でのマイバッグ問題。これです。 本屋さんで「あ、フクロ要らないです」と言ったら、「では、店を出るまではレシートと一緒にお持ちください」
なるほど。袋が購入証明の役目を果たしているんですね。
そういえば、某大型量販店は出口でマイバッグの中身とレシートの内容チェックされてましたっけ。店側にもリスクはあるんですね。

それから、自分で袋詰めをしないコンビニエンスストア、ドラッグストアの場合。
「袋要らないです」「え、あっ、はい」
放置される商品。それをレジで詰める私。後ろに並んだ人から刺さる視線。
どうしたもんでしょう。

今のところのベストは、袋を広げてレジに赴き「これに入れてください」なんですが。
やはり、店員さんも戸惑います。

キャッシュレスで支払いスマートにしてるので、その分もたついても、許してください!