ライチョウブログ

サイト管理人のブログです。

掲載されている画像、動画は基本的には登山道から撮っています。

調査研究の一環として特別な許可を得て、登山道外に立ち入っているデータについてはその旨記載します。

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葉の滴がそこに落ちるように

やっと新しい環境に馴染んできました。毎度のこと、引っ越しの度に苦労します。順応する技術は磨いてきたつもりです。しかしストレスであることには変わらず。

さて、人は環境が変化することを殊更嫌がります。

先祖代々の土地から立ち退いたり、古馴染みと離れたり、そういう急激な変化は頑として受け入れないし、仕事のやり方だって昔のやり方に固執し続けて「働き方改革」なんて、と鼻で笑うのです。

別に私の機嫌が悪いからこんなことを書きつづるのではなく、ただ単に私たちはそういうものだと言いたいだけです。良い悪いのはなしではないのです。私だって住む環境は変わりたくない、それが変化すれば苦痛、ストレスを感じ、抜け毛が増え、体重が上下し、飲酒量も愚痴も増えることがわかっているからです。犬猫は言うには及ばず、ライチョウだってイヤでしょう。本当に家畜やペットを身近に感じる人たちはその辺りを気をつけるのですが、野生生物となると途端にその気遣いがゼロになるのはなんなんでしょう。それはともかく。

他方、ゆっくりとした変化には極めて鈍感です。

カエルを水に入れてゆーーーっくり加熱していくと(やっちゃだめですよ。もののたとえです)カエルは自分が茹であがったことに気づかないそうで。

ビジネスの場で「茹でガエルになってはいけないよ」というのは、変化を敏感に感じ取って、どんどんと手を変え品を変えしなきゃいけませんよ。のんびりしてたら気づいた時には手遅れですよ、という例で使います。

環境問題に関していえば、我々完全に茹でガエルです。

あれ、なんだか台風の被害が大きかったな、たまたまかな、アメリカでは大きな山火事が起きてるって、でも日本は関係ないね。。。

私たち林学をやった人たちは知っている。100年に一度の豪雨(洪水)に備えて設計した堰堤が役にも立たず、堤防を水が越えてくるのは統計学的に考えてとても「異常」なのです。それは科学を学んでいるからそう感じるのです。

なんだかおかしいな。でも、温暖化は嘘だって言ってる人たちもいるし。。。

温暖化が嘘だと言っている科学者はごく少数です。たくさんの情報が溢れている中、自分に都合のいい情報だけを拾って信じるのも人の性質です。

300年経って、あの時温暖化がどうとか騒いでた奴らがいたが、ぜんぜん温暖化しなかったじゃないか! 。。。となったら、それは成功です。

科学的手法というのは、そうやって自分に都合の悪いことを排除せずに向き合う技術です。多くの科学者はこれを真摯に実践します。

科学が万能だー信じろーとは言いませんが、自然を自然のままに捉える、そういう技術なのです。行き着くところは御釈迦様の教えと変わらないと言えば飛躍になりますが、そんな気がします。

しっかりとあるがままをとらえて解を探せば、葉の滴がそこに落ちるように、そうしたいとかしたくないとか、そういうことではなくて、そういう風になるのだと思います。

私たちは、誰がどのようにわめこうが叫ぼうが「自然に即して生きる道」を模索せざるを得ない。もう、そうなっているかもしれません。

あとは、どう行動するか、ということでしょう。

でも、残念ながら。ライチョウの保護と温暖化を結びつけて考えたくない人たちは、こんな稚拙な文章は読まないのだと思います。。。

動物との距離感

近いというかなんというか

 林学出身の後輩が日光白根に行きましょうというので向かったものの、あいにくの梅雨空で。じゃ、戦場ヶ原を歩こうかというと今度は昨年の豪雨のせいか戦場ヶ原の木道が壊れていて通行止め。
 小田代ヶ原にコース変更をして、樹木を愛でつつ歩いていると林学出身者なので、当然シカの話題に。

 後輩は林業を守る立場からシカは害獣だと言う。それは林業家から見たら正しい話で、なにしろ彼らはスギやヒノキの幼木を環状除皮してせっかく植えた木を枯らしてしまう。「なんだそんなことか」ではない。林業家にとっては木は財産で、育てるのに60年かかる。これは大変なことなのだ。

樹皮剥ぎについて「なんでそんなことを」と後輩が言うので、「食うもん食いつくして他に食うもんがないから、下あごの歯が削れてでも樹皮を剥ぐんだ」と教えたところ少したじろぎ「動物は一般に栄養状態が悪いと数が増えますね」と言った。「そうだね」と私も言った。「彼らはもともと草原の動物なんだけれど、彼らが住む場所は人が家を建てちゃった。だから、本来住むべきじゃないこんな高原、山奥に居るんだね」

 それから、小田代ヶ原を囲んでいるシカ除けのネットに行き会った。それは昔見た弱弱しいものではなくて、人間でもこれは絶対に突破できないとわかる強靭なネットだった。歯でも角でも破れないし、ナイフでも容易には切れないだろう。無理に突破しようとすればそのまま絡めとられてしまう。どうやらメンテナンス性の面も克服しつつあるようだ。

 人にとって不都合なことをする生物は害獣になる。クマもサルもシカもある人たちには害獣で、ある人たちには無関係で、ある人たちには守りたい仲間になる。

 この何年か日光に通っているが、日光の人たちは野生生物たちとうまく付き合おうと頑張っているように思う。面倒でもシカ除けネットを張り、きちんと駆除の基準を守って、うまくやろうとしている。それはこの自然は彼ら野生生物あってこそであるし、それが財産であるという感性の賜物だろう。そういうことが日光の自然を歩く中で伝わってくる。日光の人たちが長い時間をかけて作ってきた一つの答えだ。

 さて、「ライチョウはそういうややこしいことがない、と思ったんだ」と恩師は言った。

 ライチョウを害獣とみなす人はあまりいない(高山植物を食うから嫌い、と言う人にも会ったけれども、それはその人の感性であるし、事実ライチョウは高山植物を食い荒らしている)。むしろ愛でる人のほうが多い。これが問題だった。

 かわいいから、好きだから、希少だから守る。パンダ、コアラはかわいい。ライチョウもかわいい。いや、動機としては別に構わない。

(かわいくない絶滅危惧種はどうなんだろう。ぬるぬるにゅるにゅる系ならオオサンショウウオはどうなのか。「おたまじゃくしの101ちゃん」(かこ さとし 偕成社)のタガメはどこに行ったのか)

 かわいいと思う気持ちは大切である。それはヒトの根源的なものだ。

 かつて私は足の折れた子猫を拾った。貸家じゃ飼えないので組合の事務所に押し込んで必要なものを買いそろえ、折れた足の治療費を払い、結構なお金をかけた挙句、子猫は組合のお姉さんにもらわれていった。足はなんだか曲がったままくっついてしまったけれど、とてもかわいがられている。

 なぜ私はこの子猫を拾うのに、ライチョウの雛を拾ったりはしないのか真剣に考えた。法律も調べ、昔大学で習ったことも思い出して整理した。結果、日本において動物は2種類に分けられ、一つは犬猫ウサギなどの「愛玩動物」そして「野生動物」がそれぞれ別の法律で規定されている、というあたりで納得がいった。

 いわゆる動物愛護法では、愛すべき動物が規定される。犬、猫、牛、馬、豚、綿羊、ヤギ、ウサギ、ニワトリ、家鳩、アヒル。これら11種は野生化していようが何だろうがこれらの動物にみだりに危害を加えることはヒトとしてどうかしているということで処罰される。また、人が占有している哺乳類、鳥類、爬虫類も同じく保護される。(ということは、ヤモリを飼っていたら保護されるけど、飼っているイモリを勝手に黒焼きにされても文句が言えない(法律上の話なので、個人的に殴られる可能性はある))。

 そしていわゆる「鳥獣保護管理法」では、人が野生鳥獣をみだりに狩らないように制限を加えている。何しろ人間は銃を以て動物を狩り、ニホンオオカミを絶滅に追い込んだ張本人である。そこまででもないにしろ、九州ではツキノワグマが絶滅してしまったというぐらいの悪辣な生物なので、そんなことしちゃいかんというのが趣旨である。

 11種の生物と人の占有下にない日本の無数の野生生物を守るのは鳥獣保護管理法である。いいのかそれでと疑問を呈する人もいるし、そうでない人もいる。

 子猫を拾うのは動物愛護法に基づくものである。ニャアニャア痛みを訴えている子猫を保護しないことは罪である。ライチョウの雛を拾わないのは鳥獣保護管理法に基づくものである。みだりに野生生物に触れることは罪になる。それで私は子猫を拾ってライチョウの雛は触れなかったのである。だって罪なんだもん。スズメを保護して怒られた芸能人がいるぐらいである。

 私個人の意見としては、野生生物に対する私たちの距離感という意味で、鳥獣保護管理法は優れているように思う。なにしろえこひいきが一切ない。ライチョウでもオオサンショウウオでもみだりに狩ってはいけない、手出ししてはいけない。ただそれだけである。

 しかし、野生生物に対してかわいいからというバイアスが加わると途端に厄介である。

 ライチョウならサルを、猛禽を悪者にし、そして人間がそれを助けるヒーローに、という、うすら寒いストーリーを誰かが描いてそれをメディアに流せばどうだろう。

 生物多様性は一種のみで達成されるものではない。食う食われるの関係を通じた「系(システム)」が私たちが持続可能な発展をするのに必須なのであって、ライチョウだけ~パンダだけ~という保護の在り方は時代遅れである。ここ30年の生態学をないがしろにしている。

 ライチョウを保護したいなら、ライチョウを支える高山生態系を保護しなさい。高山生態系は気候と深くかかわっているのだから、私たちが高山生態系を保護したいならば、私たちが地球温暖化に寄与してはならない、すなわち、一人一人ができることからコツコツと温暖化対策をすることが、真にライチョウ保護と言える。そしてそれはライチョウだけではなくてもっともっとたくさんの、数億の生物種を救うのだ。

 メディアも環境省もこのストーリーの方に乗っかるべきではないのか。

2020年8月12日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : 黒五

ライチョウにも転勤があるんですね

 全然、まったく更新をしていない管理者黒五の身に何があったかというと、サラリーマンの宿命、転勤があったのです。
 一か月間、ストレスの海に浮かんで、ようやく自分を取り戻してきたところです。

 ご存じのように転勤とは、今までの人間関係を強制リセットし、知らない土地、知らない人、なじみのない仕事に触れさせることで、本人の成長を促すんだか企業内の風通しを良くするんだか、真偽不明の良い効果がでるとされる日本独特の奇習ですが、それで飯を食っているので文句も言わずにハイ喜んでーと素直に従っているあたり、黒五も立派なサラリーマンです。

 で、折も折。

 乗鞍のライチョウを中央アルプスに移送したんだとかいうニュースが飛び込んできまして。

 へー、ライチョウにも転勤あるんだぁ。。。と同情してしまった次第です。

 中央アルプス駒ケ岳の個体群が極小化したのは、いろいろな要素があるにせよつまり「キャパシティがない」ということですから、これがサラリーマンなら「君は新規事業開拓のために××国○○州△△郡に赴いてもらう。過酷な環境ではあるが、わが社の将来のため頑張ってくれたまえ」なにが”たまえ”だ馬鹿野郎といったところではないかなと思うわけです。

 減った理由が、高山にサルがいるからにせよ、食料が減ったからにせよ、原因を解決しないで、いたいけなライチョウの親子を3組も移送したと。

 お役人さんも転勤が多い職種です。自分たちと同じ感覚でライチョウを転勤させたかどうだかわかりませんが、転勤についていく奥様子供たちの気持ちも考えてみてください。

 いやでしょう?

 ライチョウのためと言いつつ、やっていることはライチョウに苦痛を強いているものではないかと思います。

 ライチョウはサラリーマンではない、ましてヒトではない。ライチョウの立場に立って、ライチョウの目線で自然を見なければ、ライチョウの減少は止まらないのでしょう。

夏至

夏至を過ぎると途端にやる気が失せる雄ライチョウ

 夕方7時ぐらいまで明るい季節ですが、関東は肌寒いです。しかし、雲が晴れれば一年で最も強い紫外線が降り注ぐので要注意。
 現在、ライチョウの雌は卵を抱いています。雌は一日4回ほど巣を飛び立って、せわしく食事をし、糞をし、巣に戻る。この間10数分。

 で、この間、雄が何をしているかと言いますと。

 雌が卵を抱いている間は見張りをしていますが、雌が食事に飛び立つとそのあとを追従します!

 ということは、雄を見張っておれば雌が見つかるわけですが、そうは簡単にいきませんで。

 まず、雌が一日約4回巣を飛び立つというたったそれだけの事実を突き止めるのに、3年ぐらいかかっています。だって、梅雨の高山寒いんですよ。逃げ場ないんですよ。足の指もげるかもって思うぐらい寒いんですよ。そう。下で雨が降っているということは、上は雲の中です。

 それから。雲の中ですから。
 雄が、「グゥオッ ががー」と、変な声(ライチョウの雄の声は変です。本当に変です)をあげて、バッと飛び立った、追いかけた、、、いない。
 濃霧の中で見失うのです。なぜか、普段飛ばないくせに、この時は飛びます。

 仮にうまく雄と雌を発見したところで。雌も所用が済むと飛ぶのです。
 巣を見つけられたくないからか、はたまた急いでいるからか。真相はわかりませんが、都合数十メートル霧の中で謎の飛翔(ジャンプ)を行うので、観察者はたまったものではありません。
 標高高いところで、がちがちに冷え切った体で瞬発力なんか出ません。

 そんなこと、誰も教えてくれなかったじゃない! というようなこと、世の中にはごまんとありますが、ライチョウが霧の中で飛んで移動するなんて、それこそ誰も教えてくれません。
 上司が、先輩が教えてくれなかったからとか言ってる新米の皆さん。かよう、この世は理不尽です。びっくりを楽しみましょう。

梅雨入り

梅雨の雄

 ライチョウの場合、おおむねGW頃から縄張りの形成が始まって、卵を産み始めるのが梅雨入り頃になります。ライチョウの場合と書きましたが、大体野鳥全般に言えることではあります。

 ウズラで詳しく研究されていますが、長日条件によって雄の性ホルモンの分泌が高まると、攻撃性が増します。繁殖期のカラスなんかも人間をつつき出しますよね。

 結果として、ライチョウの雄は雌に対しては性衝動を、雄に対しては攻撃性を発揮するのです。縄張りを形成するというよりも、より攻撃性の高い雄は結果として広い縄張りを維持することになるのだと思われます。
 そして、夏至(6月20日ごろ)を超えると、ホルモンは抑制されていき、なんだかボーっとした鳥になります。あれだけ粘着質に他の個体を追い回していたのに、もはや日曜日のパパ状態です。

 というわけで、鳥がさえずるのも、踊るのも、羽を換えて着飾るのも、肉冠が真っ赤になるのも「太陽がまぶしかったから」なのですが。

 日本だと梅雨で、ちょっとわかりにくいですね。。。

 ちなみに鳥は眼だけでなく、脳で光を受容しているようです。目をつぶってても、頭皮を通して脳が長日短日を検知します。
 もちろん、哺乳類はできません。すごいですね、鳥。